2026年4月23日木曜日

〈とりとめないぼやきとプログレとか延々と・・〉

 FBの某プログレページがジュニファーグリーンというノルウェーのプログレバンドのフレンドシップという曲をTLにあげてたので乍ら聴きしたは良いけど、1曲30分近くあって、結局最後まで聴いたけど、なんか濃ゆいプログレにありがちな妙な疲れみたいな後味~今も。


上手いから聴いちゃうんだけど、結局良いんだか悪いんだか・・ さも良いもん聴かせてる感を振りまいてるんだが、聴き終わって名状しがたいどんより疲れを感じる、つー感じ。。 こういうのを本物のプログレオタクは好むんだろうな、、たぶん・・。 ちなみに先日イエスのファーストアルバムを始めて聴いたんだが、前半すげー良くて「へーすげー!」と高校生みたく興奮したけど後半からダレてく感じだった。

イエスは最初レッドツェペリンと同時期に出て両バンドともレコード会社の期待の星だったららしいが、売れ行きは雲泥の差だったとか。でも聴いてその意味判った。やっぱレッドツェペリン1stは始まりから終わりまで聴き手を逃さないスリリングな展開で、なんかとんでもないもんに出会った気にさせられるが、イエスの1stは前半、特に冒頭まじでカッコ良いけど、段々と即興演奏を延々聴かされてる感じのまま終わってしまう・・。嫌いにはなれない、魅力はあるんだけどなァ、という感じだった。イエスは3枚目くらいまではアートロックつうジャンルに入るらしい。アートロックって言うと第一期のころの(話題の)ディープパープル~オレ意外と好きなんだが、あれもアートロックの部類になるな。

 こないだMr.BIGのビリーシーンがこれがオレの人生最初のコンサートだ、ってTLにバッファローで行われたジミヘンのコンサートをアップしてたけど、対バンが初期のソフトマシーンで、その頃はまだホールズワースは加入しておらず、


デヴィッド・アレンという最初のギタリストだったのだが、ツアーは同行せず、代わりにのちのポリスのアンディ・サマーズが同行していた、てことも知って「おお!」となった。その時の検索の流れでカンタベリーロックつうジャンルがプログレにあることも知った。バンドだとソフトマシーン、ゴング、ミュージシャンだとビル・ブラッフォードとホールズワースくらいしかオレは知らんかった・・

 
まだまだだらだらと図らずも書いていきたい気もするが、めんどくもなって来たので、とりあえず、メジャーポッププログレのエイジアの一曲で〆ることとする・・・

Asia - The Smile Has Left Your Eyes

2026年4月20日月曜日

吸血 - Sanguivorous - Wiki(英版)騒動③ *Facebook投稿より

 とりあえずポスター戻った。


ここまで、かなりウィキピディアンと英語でメール交渉した。出だしはAIに相談したけどあとはずっと自分でやった。けどまあ、そもそもはウィキの構造を知らんのにやってしまったオレの責任だったのだった。公平性を保つためにいろいろ投稿前にやらねばならん作法をやらんでやったからこういうことになってしまった。あとは誤情報などの修正は彼らに任せるほかない。こちらが出来るのは情報を自分のアカウントページに載せて、それの整合性を主張してあとはウィキピディアンたちの気まぐれに任せるしかない。まあいいや、とりあえずポスターは戻ったのだった。感謝感謝。


吸血 - Sanguivorous - ウィキ(英語版)↓
https://en.wikipedia.org/wiki/Sanguivorous_(film)

2026年4月13日月曜日

吸血 - Sanguivorous - Wiki(英版)騒動② *Facebook投稿より



いやーなんつうか、、先日見つけた「吸血」ウィキの英語版ページ、間違った情報の修正やスタッフロール等の追加情報、ポスターもアップしたのは良いけど、それから数日してウィキペディアン?っていうの?不適切な情報や投稿を監視する輩(生身の人間)が、「ポスターの著作権侵害」の可能性があるとして削除してきたから、それに対するこちらの主張を送ったら、最初は無視、AIに相談して、AIの文章を送ったら、誤解され、今度は自分で「自分はこの映画の監督で著作権は自分が持ってる云々」と主張したらさらに疑われて、オレが追加・修正した情報全削除、さらにはページそのものの削除検討みたいになって(現在なっている)、挙句の果てに「カネの取引があった可能性・・云々」みたいな書き込みがあった。 アッタマきて「だったらページ丸ごと消しやがれ、コノ野郎!」と、一瞬、なったが、馬鹿馬鹿しくなってAIにそのことを言ったら機械のAIに慰めて貰ったわ。

・・まっったく、おかしな時代だぜ。

AI曰く、こういうことはしょっちゅうウィキであるらしい。特にその情報に近い関係者とかになればなるほど、疑われやすいんだとか・・。とりあえずオレはもうタッチしないことにした。 ・・しっかしな、その映画作ったのこのオレだぜ??! どーなってんの?!?ホントに・・

まあ、ただそれは置いといて~これもウィキの話だが~その「吸血」ページの下の方にあるカテゴリーリンクに「Japanese avant-garde and experimental films」というのがあって、そこへ行くと、松本俊夫や寺山修司、勅使河原宏、伊藤高志、福居ショウジン、足立正夫という実験・アンダーグラウンド系の大御所を始め、衣笠貞之助、新藤兼人、吉田喜重、鈴木清順、三池崇史つう大御所、さらには手塚治虫、押井守、庵野秀明つうトンデモ級、挙句の果てにアランレネやデレクジャーマンなんかもあって、そんななかになんか知らんけど、オレもちゃっかり混ざってるつう、、これ、、やっぱウィキ?ウィキペディアン??、、しらねーけど相当あてにならんワ 笑、、


まー嬉しいよ、、嬉しいけど、、しかし、なんなんだろ、世間的にこの作家としてのオレの待遇って・・?? ・・オレが間違ってんのか?それとも世間が・・ これもAIに相談かもな🤷

2026年4月1日水曜日

吸血 - Sanguivorous - Wiki(英版)騒動① *Facebook投稿より

 たまたまエゴサーチしてみたら英語版Wikipediaに「吸血」のウィキページが出来てた。誰が作ったんだろう?舞踏系の人だろうかな?ちょっと情報間違ってるけどな〜8割はカメラオレだったんではなかろうか?他にもBlu-rayはなくって、DVDだけだしな。明日直してみよう。

あ、もちろんこういうこと、ありがたいっすけど。せんきゆー

んーそれにしても吸血のはじまりからその過程とか、話すといろいろあって、、みんなどうしてんのか全然知らんしな…柿澤さんにたまに公演であったりするくらいだ。室伏さんは亡くなっちゃうし。ほとんど自分のどの映画見てもエンドロールで「あーなんか、みんなどーしてんだろ?」と思うわ。大抵全然付き合いなくなってるんだよな。

・・ウィキの編集見たら日本オタクのアメリカ人みたい。いやー嬉しいよ、ホント、こういうのは。最初の公開時心底ボロボロだった分、ホントに。作って良かった。

2025年12月3日水曜日

2024/12/3

「パンと植木鉢」
 先日、東京藝術大学横浜キャンパスへ約30年ぶりにモフセン・マフマルバフ「パンと植木鉢」を見に行った。上映後に諏訪敦彦監督の司会でマフマルバフ監督本人のzoom参加によるトークセッションもあり、充実した時間を過ごさせてもらった。30年ぶりに見た傑作「パンと植木鉢」は新鮮さもあり、またすっかり忘れていたシーンも多くあったりで、改めてイラン映画の素晴らしさを直視することができた。トークのどこかでマフマルバフ監督から「流行の作風の映画を作ってもその時は歓迎されるかもしれないが、必ずしも残る作品になるとは限らない。独創豊かな作品は広く受け入れられないかもしれないが末永く残って行くだろう・・」の、ような言を発せられ、まるで自分のことを言われているようで心に残ったので、そのことをインスタのストーリーズに掲載した。それから数日してアジア映画全般を取り扱う映画専門サイト Asian Movie Pulse というサイトで上映から15年以上たったいま「吸血 Sanguivorous」の評(Panos Kotzathanasis)が掲載されたことを配給の伊地知さんのFacebookのリンクで見た→

Asian Movie Pulse 映画「吸血」評 英文 by Panos Kotzathanasis

「吸血 Sanguivorous」
 ここ数年になって、吸血を評価する海外の映画マニアとかホラーマニアのコメントをよく見かけるようになって、ひょっとして吸血も時間が経つにつれ徐々に受け入れられる層が広がってきたのかな?と感じていたところだったので、こうして公式な映画サイトで批評家による評を頂戴するのは率直に嬉しい。そろそろライヴ上映会を開くときが来たのかもしれない。まえはコロナ直前に上映会を企画したが、演奏家の中谷氏が米国の呼掛けにより米国へ引き上げることになって実現しなかった。中谷さんの衝撃的なライヴ上映は圧巻だったため、またいつか実現したいと思っている。

2025年2月1日土曜日

2025/2/1

 


自分が監督しなくても脚本だけでも良いからいわゆる「一般映画」に足跡残せたらとの想いで長編書いたが、ま、やはり人生そううまく行かないわな。映画はお金かかるし、日本の場合、ストーリーがダークだと余計機会に恵まれない局面もあるしな?それに一体、どこの馬の骨かも判らん奴の売れそうもない映画に誰が金出すっつーの。脱稿してから約一年半経ったが、あの脚本の命運もそろそろ書いた当人のやる気が失せてくる頃になったかも。ま、それでも機会があれば別だけど。映画化されない映画は昔かいた戯曲と一緒にいつか本にするわ。 最近、金井さんの「微笑う銀河系」という本のことをふと思い出すんだが。あの人オレに「ヨシモト、映像作家なら一冊くらいは本だしとけ、その代り一冊だけ。大島渚は本書きすぎ。映画作家は映画で勝負するもんだ。でも一冊くらいは出しとけ」みたいなことを言ってた。そのごその本を目黒のどっかの古惚けた古本屋で見つけた。立ち読みだけで金がなかったから買わなかったけど 笑。たしかご自身の半生と映画脚本が寄せられてた。

ま、なんにせよ、やはりインディペンデントでの映画作りに精魂籠めたほうが得策かもと、ここ数日思い直してきた・・。 つーか、そんなムズい話でもなくて、単純に、オレもう映画撮りたい。オレの自分の映画を。頼まれの短編企画が全部終わったら、なんか撮ろう。それまでに構想練ろう。低予算で出来る映画を。それでまた海外進出してやるぜ。

2024年10月2日水曜日

2024/10/1

 

誰しも昔は、その当人が必須と思うなら、言いたいことや考えていることを日記につらつらと書き綴ったものだった。オレもそういう人間の一人だったが、やがて掲示板やブログ、そのごのSNSの普及により、公開という特異な環境下で自身に起こった出来事や心情を書き綴るようになる。はじめは違和感を覚えつつも、時流にのって書いていくことになった。とはいえ、よりパーソナルな出来事はさすがに書いてはいない。そのためSNSの普及が進行する中でごくごくまれに日記帳に思い倦むことを書いたこともあった。指で数えられる程度だが。で、今日はふと、根っこ方で知らずに滞留していたもやもやや、これまであったいろんな出来事を忘れないうちに、久々に日記帳を開いて書いてみようか?なんて思ったりした。パーソナルな出来事や心情を文章に吐露することで自身を安定させていたのかもしれない。これは精神科でも日記は良しとされてるそうだし、心を安定させる意味で良いことで、SNSも同様に、文章を書く練習にもなる。 がしかし、近年のいわゆる「公開された環境」のもと、徒に感情論が世上やSNS上で拡散し横行し、ちょっとした社会論争にまで発展していくという構造は、あまり衛生的なことだとは思えない。だがそれはひょっとすると誰かを助けてるのかもしれないし、でもオレはそういうのあんま読まない。なんだろな、それはアンタの問題、これはオレの問題、みたいな人と人の間を巡る境界線がえらく昨今乱れてる気がする。人として、それはえらくみっともないことに思える…。またこの、「人として」を説明するのは至難の業のため、正論のごときが市民権を振りかざして猥雑さを拡散させたりもするしな・・。

ところで今日(先日)は目が覚めたのが夜の23時でヤバいんだが、寝たのが同じ日のたぶん3時ごろか?酔ったまま寝て一度昼ごろ起きておむすびを二つ食べてまた寝てしまったのだ。腹も空いたので近所の中華へ行って肉野菜炒めとご飯を食った。狭いけど繁盛してる店で、だいぶ昔に行ったら予約一杯で諦めて、それ以来、入ったことなかった。今日初めて食べたが、とても美味しかった。「いいメシ食った」という素朴だけど下手すると懐かしくて大切な満足感に包まれ、染み渡る有り難みに言葉が暫く出なかった。

そのまた数日前、中野へ仕事へ行き、夜の撮影だったため早めに出かけて脚本家のKさんとライターの同じくKさんに久しぶりに会って談笑。去年書き上げた長編脚本はいまも映画化を果たされることを待っているようだが、運命の風向きはどうやらどこにも吹かず何もないままその日を待っている。やはり自分で監督する、という勢いと精神で挑まなければ動くものも動かないのかもしれない、そんな話をすると二人とも首を縦に振っていた。んーマイッタ。やるかやらぬか、ひとまずはなにかのきっかけを待つことにする。新作も書きたくなってきたしね。いや、また戯曲だって書きたいと思ってる。