2018年7月8日日曜日

迷い

成果展があって一旦脚本を休んでからいろいろ仕事が重なって全然書けてないんだが、短編として出来上がった「1/3の発光」の作風と、本編の長編映画の作風とのギャップ、そしてまたその間に今回のオウムのことも含めて改めて作品の方向性とかを考えさせられている。自分の中にあって避けられない、いわばドストエフスキー的問題、というと、また胆略的言い方だが、それはやはりあって、今回もそいつと対峙せねばならんのかな?と・・。映画を単に映画的にやったほうが良いはずだろうにな。内容のそれこそ何分の一かはその要素があるから余計揺れているワケだ。どちらにせよオレの映画はオレの映画になるだろう、小規模でやるからこそ、やれる作品があると言い聞かせてやるか・・くそ、ハラ立つな~この歯痒さ。まあそういう時こそ観客の心情を考えるか。それが迷いの一番の突破口、なのかもしれない。










「1/3の発光」(11min 2018 作 吉本直紀)
photo by Yasuyuki Kasagi

2018年4月20日金曜日

映画実験工房

現状察するところ、お仕事映像作業は結構重いけど納品まだまだ先が一件、残りは9割8~9分完成で先方からのインサートデータ待ちが二三。そんなワケで昨日は長者町のスタジオ0033編集室でこれまで手付かずだったPCデータ管理/整理作業を早朝から15時過ぎまで掛けてやり、その後黄金町の映画実験工房に移動。黄金町バザール2018公募作品の企画を念のため考え、その後は長編脚本執筆に専念する(これを書いてて思い出したが、もうひとつ練らなければならない企画があった!~それは本日考えよう)。
バザール公募作品をなぜ「念のため」か?というと「これだ!」ってのがいまのところないからで、本来なら映画に専念するつもりだったが、せっかく目の前に翳されてる物を見ないのもな、という貧乏根性~プラス、落選でも毎年企画は練ってるので脳ミソの鍛錬ため~~さらに一昨年暮れくらいからなんとなくアート作品への自分なりの方法論が掴めてきた感覚があるので、やはり試してみたいというところだろうか?
それから年度替わりに作業場を一時的に設けることとなってここ数日通っている。「StavrosFilm映画実験工房」~または「スタヴロ映画実験工房」と呼称。黄金町アート界隈では一番集中してる場所で、京急の電車や人の行き来も間々多いほうだが、いまのところ意外と思った以上に集中できている。執筆中の脚本も決めどころが見えてきたり、結構有意義な時間をすごしている。

が、そういうときに限って仕事がなくて、そっちの意味では現在困窮次第に金欠状態。そんなワケでオシゴト映像(記録、PV、VP、などなど)お待ちしてます、どうぞよろしく(笑)

2018年2月19日月曜日

脚本執筆~オリジナルな表現に向けて

脚本の書き方をちょっと変えてみようと思う。これまでのやり方だとただの商業映画になりそう。いまの脳内イメージできちんとした本を書くと、どうも他の監督に撮って貰っても構わない感じになる。現場での自分流の演出を想定した台本作りにシフトしないと「しっくり」こない~完成する映画の雰囲気がもう既にこの時点から始まっているワケだ。このしっくりが大切でこれですべて決まるといっても過言じゃない。この感覚がいままでの作品で一番上手く画面に現れているのが「ぽかぽか~」かな?(笑)あと、「吸血」のラストの流れ。あと「nowhere」もそうだな~特に冒頭。
要するにもうこの時点から自分流の映画作りにしていかないといけない。黒澤が、監督になるなら「脚本を書けないといけない」と終始言ってたけど、あれをただそのまま倣うと商業映画体勢の映画になって、たとえ監督が違って違う映画になっても現場のスタッフはそれなりの映画を想定して作ることになるような気がする。インディペンデントで映画は、ある意味もっと違う方法論があるだろうし、それを模索することがオリジナルな作風を作ることになるだろうと思う(ゴダールはそうしてた一人だ)。これまでいろんな映画の作り方を実験してきたが、この映画はそういう経験を総決算してもう一段上のものにしたい~そうすることが作品をインディペンデントでありながら他の長編作品と変わらぬモノにのし上らせるエッセンスとなる気がする。

2018年1月28日日曜日

あるオカルトチックな

今朝は、ある人との関係性を表した霊性と暗示が混ざった夢、それから自分の深層心理的夢と二つ見た。また昨日は最近では最も純度の高い霊的夢で、鮮明度体感度もそこそこある不思議夢だった。どれも違った意味合いで現状を問うた夢だった。霊的夢はただの暗示的夢と違って夢占いでは殆ど答えを得ることはできず、見た時~体験した時の印象のみでその意味を考査しなければならない。けれども大抵、霊的夢は意味がどうのというより、体験そのものが衝撃的で霊性が高いほど異様な鮮明度と色彩、さらに実体感があって、その例で言うと一度夕焼け空に浮かんだ三日月を見ていたらその表面でなにやら生命のようなものが蠢きだし、やがて月そのものが急激に変化し見る見るうちで巨大化したその光景のあまりの壮絶さに興奮を越え、恐怖に襲われて目を覚ましたことがあった。いったい何故そんな体験をしなければならんのか良く意味が判らない。暗示夢、予言夢のようにその後に現実界で事象として結びつくようなことには殆どない。

2017年12月31日日曜日

2017.12.31.

ついに年末。今年は全然書かなかった。成都の記事が最後。ただ、下書きで二つ書いていたのがあった。ほかに16年に二つ。15年にひとつ。それらは来年公開するか・・。
いずれにせよ、もう今年も終わる。今年は、全体的にすごく良かった、と言い切って良いな。ある意味15年以上にいろいろやった年だった。15年は成都で映画を作ったけど、それ以外はまあまあな年。でも今年は映画さえ作らなかったが、成都へ行ったり、バザールでプロモからギターまでやれることをなんでもやり、最後の最後に個展を開くことができた。個展の感触も良かったと思うし、本当にできて良かった。その意味で今後の自分の計画もたてることができた。いまざっと三つ作品企画がある。これを今後やって行きたい。個展で試みたテーマは今後のアート作品のテーマでもっと掘り下げることができそうだし映画のプロットも「これだ!」というものを掴んだ。そういうわけでいろいろやって今後のための収穫もできた良い年だったと思う。まだまだ書きたいことが山ほどあるけど、もうあと年明けまで2時間半を切ったのでこの辺でやめる。
それでは恒例の皆さん良いお年を、来年も皆さん健康でそして世界がもっと平和になりますように!

2017年4月24日月曜日

成都にて1


成都は小雨模様。月曜で美術館もお休み。というわけで本日は洗濯物、A4二本目のショートクリップの構成・編集、さらに来月のトークイベント用資料のまとめ作業にのんびりと取り掛かっている。また今回、成都滞在は以前書いた長編脚本のリライトと構想中の二つの長編作品のリサーチとその構成作業もあった。が、あっという間に時間が過ぎしまった。どこまでできるかもう判らない。思った以上にショートクリップ制作に時間を割いてしまっている。怠けも当然ある。仕方のない場合は滞在延長もできるけれど、それはできれば避けたい・・。
2年ぶりの成都は前回よりも空気が悪くなった気がする。昨日パンダ研究基地に連れてってくれた前アシスタントのミアは去年6ヶ月北京にいたけれど、あっちはもっと空気が悪いと言っていた。北京から帰省した理由は家賃や生活費が高い、成都の方が食べ物が安くて美味しいからそうだ。人や生活ものんびりしていると・・。彼女は1年前に大学を卒業し、いまは成都の映像制作会社で構成作家として活動、主にドキュメント系の映像作品を配信している。
今回、今のところの一番の収穫は、前回と違う成都が見れているところかもしれない。前回アシスタントリーダーだったハン、そのパートナーであるエイミーさんは映像や美術史を教える大学講師なのだが、なんと彼女の生徒が偶然にもA4のインターンとして今期のアシスタントだったのだ。ハンは数ヶ月前から中心街にある昔は兵器工場だった倉庫街をリノベーションした地区に洒落たカフェを開き、学生らはそこへ通い集う。なにを喋っているかよくは解らないが、皆アートや表現の仲間たちなのだ。ちなみにその店の壁に描かれたダ・ヴィンチ「最後の晩餐」の壁画は、前アシスタントだったジョリーの手によるもの。2年前の出会いが不思議な偶然と発展を遂げていてる。こちらもまだ二十代前半の学生の集まりに便乗させてもらい、彼らの生活や風情を感じ取ることができるのは面白い現象だろう。中国のアート事情はまだまだなのだろうが、彼らの新しい風を取り入れようとする熱意は、まだまだ生き続けて行く気がする・・。

いずれにせよ、どうしたところであと3週間強の滞在。のんびりもするけれど、自身の構想、やれるところまでやっておきたい。

2016年12月31日土曜日

2016-1231

毎年大晦日に総括的文章を書こうと思ってたけど、最後にやったのは2012年だった。黄金町へ来てから一度も書いてなかった事になる。今年は辛いこと多かったし、わざわざ改めてそれを思い出しても仕方のないことだ。だがそれらの辛い経験はある意味、もう一度原点に立ち返って自分の歩んできた道を振り返り、整理して来年に向かって行くための要因となるはずだ。
中国、成都のプロジェクトは長期的な視野で取り組んで行こうと思う。春に行く事になっているが、現在もスケジュール調整中で、行く前になにを準備すべきか、行ったらなにをリサーチするべきかを把握しておく必要がある。前回とは違って制作が目的ではなく、リサーチのためのレジデンスになるだろう。また今回、成都側から来た急な要望もある意味、こちらの企画への優柔不断さに見切りを付けてくれたきっかけとなった。いずれにせよ、本作の内容はまた時期を見て明確にどこかへ明記する。
さらに日本でのハナシだが、もう一度ホラー映画を作りたくなってきた。これは戦略的意味合いもある。意義のある独創的ホラーを作ればまた米国での上映、DVDなどの展開はできるかもしれない。「吸血」から学んだ様々な失点、また発展できる要素は発展させ作品に取り入れたい。日本での上映、配給等も考えられなくない。今度こそ80分以上の作品にして単館での上映を図る。ホラー、といってもアートファンタジーホラー?とかだろうけれど。

3月のアップリンクの上映会はこれまでの歩みを昇華し、次のステップへ行くための意味合いが込められている。「吸血」も「変異之夢」もえらく変わった映画だ。ようはオレにしか作れないものだ。そういう意味でやって良かった。生きていくのは辛い、が、量産型の映画を作る映画作家になるつもりはさらさらないんだから。辛いのは、当たり前なのだ。批評家がどう判断しようとそれはオレには大して関係ない。
いろいろあった年だが、通り抜けられて本当に良かった。
来年の自分へのまた新しい展開を願い、睨みつつ、恒例の一言
~来年こそ世界中がもっと良い年になりますように! 良いお年を!